古典落語の笑いと温もり

皆さんは、落語に興味がおありでしょうか?

わざわざ落語を見に行くというほどではなくても、日本人であれば昔から落語を聞いたり、小噺を聞いたりしたことはあると思います。

日本には昔から落語家さんという話のプロがおります。もともとの落語のルーツは、仏教と縁が深いというらしいのですが、そういえばお坊さんの説教というものもユーモアがあり、なめらかで聞きやすい話し方をされているような気がします。

今では、スピーチとか、プレゼンとか言って、ビジネスの世界での話し方が注目されていますが、もともと日本では落語という洗練された文化があって、話を楽しむということが庶民レベルで行われてきているわけです。

また、落語の他にも、歴史物語を語る「講談」なども古くからの文化です。

それでは、「古典落語の笑いと温もり」と題した落語を見てください。

落語の特徴は、話をすべて暗記して、大きな声で滑舌よく、表情を出しながら話すということです。

このことは、実はスピーチやプレゼンの基本にもなっていることです。

落語には、最後にオチ(落ち)があるので、「落ちを持つお話」ということで落語と呼ばれるようになったそうです。

このオチの部分は、現在の漫才やお笑いにもあり、伝統が受け継がれているところも面白いところです。

話が面白いとか、話し方がうまいというのは、このオチをどこにもってくるかということなのかもしれません。

話し方に興味のある方は、ぜひ落語にも興味を持っていただければと思います。

ヒューマン話し方教室 スタッフより

赤毛のアンの娘・リラと戦争の舞台裏

赤毛のアンの10巻は、アンの娘リラの物語です。

物語の中で、その頃起こった第一次世界大戦のことが長々と描かれており、アンの息子であるウォルター、ジェム、シャーリーの3人もカナダからヨーロッパの戦争に出征していきます。

残った家族や町の人々がどのような気持ちで出征した息子たちを待っていたかということが、細やかなタッチで描かれており、作者であるモンゴメリーの戦争体験が本の中から伝わってきます。

本の中では、ジェムがかわいがっていた犬のマンデイが、戦争が終わるまでの4年間を駅で待ち続ける姿も描かれており、涙をさそうものがあります。

第1次世界大戦は、ドイツ・オーストリア・ブルガリア・トルコの同盟国とイギリス・フランス・ロシアの連合国の間の戦争ですが、後にアメリカ・イタリアが連合国側として参戦しています。また日本も直接的ではないにしろ、当時の日英同盟のこともあり、連合国側として参戦しています。

赤毛のアンの舞台はカナダですが、カナダもイギリスと深い関係にあったため、多くの兵士がヨーロッパに出征したようです。

第1次世界大戦は、1914年~1918年の5年に及ぶ戦争で、900万人以上の兵士が亡くなった戦争です。

戦争自体が小説として描かれることは多いのですが、待つ側の人々も同じように戦っているということを描いているところにこの小説の深い意味があると思います。

NHKの朝ドラの「花子とアン」の中でも、白蓮の息子が出征して、その後戦死する物語が描かれていましたが、アンの息子であるウォルターもヨーロッパ戦線で戦死することになります。

ウォルターは子供の頃から詩を書くことが好きな子供でした。昔は今と違って、西洋では詩を書いたり、詩を人前で朗読したりすることが日常で行われていたようです。

日本で言えば、俳句や短歌のようなものだと思います。

ウォルターは、戦場で死ぬ前の晩に妹のリラに手紙を書きます。その手紙の中の一節に以下のような文章があります。

リラ。危険に瀕しているのは僕の愛する海から生まれた小さな島の運命ばかりではない。カナダや英国の運命ばかりでもない。人類の運命なのだ。そのためにわれわれは闘っているのだ。そしてわれわれは勝つだろう。そのことは一瞬たりとも疑ってはならないよ、リラ。なぜなら、闘っているのは生きている者ばかりではない。死んだ者たちも闘っているからだ。
(中略)
君は子供たちにわれわれがそのために闘って死んだ理念を教えるだろう。その理念はそのために死ななければならないと同時に、そのために生きなければならないこと、そうでないとそのために払った犠牲が無駄になるということを子供たちに教えてくれたまえ。これは君の役目だよ、リラ。

村岡花子さんも、戦時から戦後に赤毛のアンの翻訳をしながら、戦争で死んでいった人々の気持ちや、待っている人々の気持ちを後世の子供たちに伝えることに意味があると考えていたのではないでしょうか。

今年2015年は、第二次世界大戦終結から70年を迎えます。日本のみならず、まわりの多くの国や人々が巻き込まれた戦争のことをじっくりと考えて、未来に向けて正しい選択をする年になってほしいと切に願います。

ヒューマン話し方教室 スタッフより

史上最低のスピーチ 会田誠「テキトー」

話す事がまとまっていなくて、時間が足らなくなったり、時間をもてあましてしまうようなスピーチもあるかと思います。

今回見ていただくのは、史上最低のスピーチです。

話し手は、型にはまらないアーティストの会田誠さんです。

もしかしたら言葉では伝えられないような何かを、この人は話しているのかもしれません。

最後まで話を聞くと、アーティストとして目指しているものが少し見えてきます。

史上最低のスピーチにわざとしているところが、この人のねらいなのかもしれません。

人はこの人を反社会的なアーティストと呼ぶのかもしれませんが、

テキトーという言葉の中に、日本の和の精神が潜んでいることを私は感じました。

ヒューマン話し方教室 スタッフより

記憶に残るスピーチ (鳩山首相の辞任表明)

先だって、記憶に残るスピーチとしてスティーブ・ジョブズさんのスピーチの記事を書きました。

私の中では、記憶に残るスピーチとして「鳩山首相の辞任表明のスピーチ」があります。

2009年末に、日本では歴史的な政権交代が行われ、その結果民主党の鳩山内閣が誕生しました。

しかし、期待とはうらはらに、沖縄の基地問題、アメリカとの不調和、個人的な政治資金問題などで辞任に追い込まれた鳩山首相が、最後に行った辞任表明のスピーチは、以外にも感動的なスピーチでした。

スピーチは10分に及ぶものでしたが、原稿なしの状態で、まっすぐ前を見て話す姿は、さすがに政治家だなあと思わせるものがありました。

実のところ、このスピーチの内容はあたかも原稿があるのではと思われるほど、しっかりした内容と流れになっています。

当時の鳩山首相の考え方や政治手法には異議のある方も多かったと思いますが、この辞任のスピーチに関しては多くの方が評価していると思います。

この後、民主党の代表は、菅直人氏に変わりますが、この9か月後の2011年3月11日には東日本大震災が起き、民主党政権はさらなる混迷の中に入っていくこととなります。

ヒューマン話し方教室 スタッフより

赤ちゃんはどうやって言語を学ぶのか?

私たちは、どのようにして日本語を学んできたのでしょうか?

私たちの記憶の中には残っていませんが、赤ちゃんの生後6~8ヶ月の時期がとても重要な時期であるということをパトリシア・クール さんは、「TED」の中で語っています。

世界中のどんな赤ちゃんも生後6~8ヶ月くらいまでは、すべての言語の音を感知できるのですが、母親やまわりの人々が話す言葉を聞く中で、生後10~12ヶ月の時期に、その言語の音のみに特化して脳が形成されていくということのようなのです。

このお話の中で、注目すべきことは、人間が直接赤ちゃんに話すのではなく、テレビや音だけで言語を聞かせた場合、赤ちゃんはその言語の音を習得することができなかったという実験結果です。

つまり、言語を習得する場合には、まわりの人が直接話しかけるということが重要であるということらしいのです。

おそらく、まわりの人が赤ちゃんに直接話しかけることにより、まわりのいろんな音の中から人の声だけを統計的に処理して、言語として認識しているのではないかと思われます。

1歳を迎えるまでに、別の言語を話す人たちがまわりにいれば、自然とバイリンガルになれるらしいのですが、すでに大人になった私たちにとっては、なんとも遅すぎる話です。

一方、私たちが、人前で話すということも同じようなことがいえるのではないでしょうか?

多くの本を読んで話し方の手法やテクニックだけ勉強したとしても、人前で堂々と自信を持って話せるようにはなりません。

実際に、「人を目の前にして話す」ということで初めて、私たちの脳の中で「話し方のネットワーク」が生まれていくように思うのです。

そういう意味で、話し方は「人前でトレーニングを何度もする」ことが本当のトレーニングになるということです。

日ごろから話すことが苦手という方は、ぜひヒューマン話し方教室にご相談ください。

ヒューマン話し方教室 スタッフより